大昔からずっと続けている大阪平野郷の夏まつり。

場所は、りょうちゃんの故郷で、大阪市平野区にあります。

小さい時からずっと見てきたので、今回は、久しぶりに行きました!!

りょうちゃんは、沖縄のエイサーなども大好きやし

大阪平野のだんじりも大好きです!!

ちょ~懐かしくて、感動!!童心の気分になります。


大阪平野郷の夏まつり』は、曜日とか関係なく、

毎年7月11日~14日まで、やっています。

この祭りは、歴史と伝統のあります。

先人の人々の手により脈々と受け継がれています。

7月11日 ⇒ 布団太鼓足洗い・神輿足洗い

~布団太鼓~

平野まつり

~神輿~

平野まつり

7月12日 ⇒ 地車町内曵行・九町合同曵行

7月13日 ⇒ 地車平野郷内・町内曵行・宮入

杭全神社

杭全神社

【だんじり】

大阪平野のだんじり(地車)は、全部で9台あります。

地区によって、だんじりの作りと伝統はとても深いです。

有名な岸和田だんじりは、ごっついですが、

平野のだんじりもごっついですよ!!迫力あります。

~野堂北組~

平野まつり

平野まつり

平野まつり


実際の映像は、下記のユーチューブを見てみてください。

迫力満点あります!!



◆由来◆

今から1153年前の貞観4(862)に征夷大将軍坂上田村麿の

子どもである広野麿の子当道が、素盞嗚尊を氏神様として勧請し、

祗園社を創建いたしました。(杭全神社第一殿の御祭神)


 杭全神社氏子および崇敬者の夏祭に対する役割は、

神輿渡御・太鼓台巡行・だんじり曳行の賑わいをもって、

氏神様を初めとする神々に感謝の意を表すことです。



 711日の太鼓台足洗い巡行、神輿足洗い神事で、夏祭が始まります。

午前6時、藤江正謹宮司に清められた太鼓台が、杭全神社を出門いたします。

ほとんどの太鼓台巡行当番町は、樋尻橋へ向かいます。

樋尻橋では、神事がございません。昔からの風習により清められた太鼓台は、

9町の町衆の応援で、太鼓台巡行当番町の宿へと担がれます。

道中囃子は、小学6年生以下の男児である敲児(たたきこ)が担当いたします。

太鼓台巡行には、ふたつの重要なことがあります。

ひとつは、神輿渡御を氏子に知らせる触れ太鼓の役目です。

ふたつ目は、来年、太鼓台巡行当番町に神輿に遷られた氏神様が

渡御されることを氏子に知らせる触れ太鼓の役目です。

今年は、大修理後の太鼓台巡行を

杭全神社野堂北組氏子総代と野堂北組世話人会が

当番町として、担当させていただきます。



 神輿は、711日、昼前に杭全神社を出発いたします。

神輿渡御当番町で休憩後、樋尻橋へ向かいます。

足洗い神事の後、杭全神社へ帰ります。

杭全神社拝殿に帰還いたしました神輿は、藤江正謹宮司・神職・作事方により、

飾り付けが行われます。

午後8時頃、
氏神様(第一殿)が、神輿に遷られます。

氏神様は、拝殿にて、714日の本宮を迎えられます。


 712日、9台のだんじりが、自町・平野郷内を町衆により、曳行されます。

平成
25年度の宮入順で、9町を紹介いたします。

1
番町:野堂北組、

2
番町:野堂町南組

3番町:野堂東組

4番町:馬場町

5番町:泥堂町

6番町:西脇組

7番町:背戸口町

8番町:市町

9番町:流町

各町とも「坂上七名家」ゆかりの町名です。

だんじりの前身である家台は、宝永3年(1706年)に出現いたしました。

前年の宝永2年(1705年)に、神輿渡御が始まりました。

だんじりの歴史は、309年に及びます。
713日は、平野郷内曳行と宮入です。

前日に自町曳行を終えただんじりは、平野郷の中心部を曳行いたします。

午後7時頃から、約30分間隔で宮入曳行を行います。

昔は、本宮である714日の朝まで、宮入を行っていたとのことです。

今思えば、神輿渡御直前まで、だんじり曳行の賑わいをもって、

氏神様に感謝の意を表すためであったのかも知れません。

これぞ夏祭に対する町衆の自然体です。

7
14日は、本宮です。町衆が、氏神様と身近に接しえる唯一の日です。

杭全神社を出門された神輿は、神輿当番町の地を渡御されます。

夕方、午後430分頃から、三十歩神社での神事終了後、

全興寺・長寶寺を渡御されます。太鼓台蔵入後、神輿宮入が始まります。

町衆は、氏神様と接しえる喜びで、感無量となり、

杭全神社に帰還される氏神様に感謝いたします。

無事、拝殿に到着された神輿は、深夜、第一殿に遷されます。

今年の夏祭の終了です。

本年は、杭全神社流町氏子総代と流町世話人とが、神輿渡御当番をいたします。


杭全神社の氏子、崇敬者である私達は、

杭全神社の神々様、神宮(豊受大神宮、皇大神
宮)に感謝して、

日々の生活を営んでいます。

夏祭の意味を熟知して、後世に伝えることが、町衆の役目です