神戸南来りょうちゃんブログ『グルメとミュージックの旅』

ビール・島酒等のお酒と合う!美味しいお店情報と”耳なんか出来る!!”という気持ちで『唄三線』を通じて、日ごろの練習・活動等の日記情報です。

カテゴリ:沖縄情報 > 三線・エイサー

6月23日は、沖縄の慰霊の日です。

日本の歴史、世界の歴史としては、最も忘れてはいけない日です。

たまたまある記事を読んで、「島唄」の歌詞の意味が

とても深い曲でしたので、そのまま引用させていただきます。

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あの有名なTHE BOOMの「島唄」は、

ボーカルの宮沢和史さんが作詞と作曲した人です。

この「島唄」の歌詞の意味は、単なる失恋ソングかと思っていました。

とあることから、歌詞の意味を知って、とにかく深い曲なんだと

再評価しました。

このバンドがいまだにカリスマ的な人気を

誇る意味がわかります。とにかく深いです。

私は、あの戦争を美化するつもりはありませんが、

忘れてはいけないこともたくさんあると思います。

歌の力がとても深く響きました。


『島唄』

でいごの花が咲き
風を呼び 嵐が来た

(災厄を告げるという でいごの花が咲き、
 1945年4月1日 沖縄本島に米軍が上陸した)

でいごが咲き乱れ
風を呼び 嵐が来た
繰りかへす哀しみは 島わたる 波のよう

(でいごが咲き乱れる1945年4-6月に、
 寄せ引く波の様に、殺戮は繰り返された)

ウージぬ森で あなたと出会い
ウージぬ下で 千代にさよなら

(サトウキビ畑であなたと出会い
 <ガマ>鍾乳洞の防空壕で
 君が代にいう永久の御代との別れ)

島唄よ 風にのり
島と共に 海を渡れ
島唄よ 風にのり
届けておくれ わたしぬ涙

(島唄よ 風にのり
 しびとの魂(鳥)と共に 海を渡れ
 島唄よ 風にのり
 本土に伝えておくれ、沖縄の悲哀を)

でいごの花も散り
さざ波がゆれるだけ
ささやかな幸せは うたかたぬ波の花

(でいごの花も散る1945年6月23日に
 戦闘も終わり、宝より大切な命が散り、
 生き残っている者もあまりいない
 日常生活は、簡単に消え去った)

ウージぬ森で うたった友よ
ウージぬ下で 八千代ぬ別れ

(さとうきび畑で謡いあったあの人は
 防空壕の中で、戦闘によって死んだ)

島唄よ 風に乗り
鳥とともに 海を渡れ
島唄よ 風に乗り
届けておくれ 私の愛を

(沖縄の思いよ、風に乗って
 魂と共に、海を越えて
 <あの人の居るニライ・カナイ=天国へ>
 島唄よ 風に乗り
 <ニライ・カナイへ>届けておくれ 私の愛を)

海よ
宇宙よ
神よ
いのちよ
このまま永遠に夕凪を

(海よ
 宇宙よ
 神よ<豊穣をもたらす>
 いのちよ<荷物にも代え難い命という宝よ>
 このまま遠泳に夕凪<平和>を<祈る>)

これは、朝日新聞に宮沢和史さんのコラムが
掲載されていたようです。

「島唄」は、
本当はたった一人のおばあさんに
聴いてもらいたくて作った歌だ。

91年冬、
沖縄音楽にのめりこんでいたぼくは、
沖縄の『ひめゆり平和記念資料館』を
初めて訪れた。

そこで『ひめゆり学徒隊』の生き残りの
おばあさんに出会い、本土決戦を引き延ばす為の
『捨て石』とされた激しい沖縄地上戦で大勢の住民が
犠牲になったことを知った。

捕虜になる事を恐れた
肉親同士が互いに殺し合う。

極限状況の話を聞くうちにぼくは、
そんな事実も知らずに生きてきた
無知な自分に怒りさえ覚えた。

資料館は自分があたかもガマ(自然洞窟)の
中にいるような造りになっている。

このような場所で集団自決した
人々のことを思いと涙が止まらなかった。

だが、その資料館から一歩外に出ると
ウージ(さとうきび畑)が静かに風に揺れている。


この対比を曲にして
おばあさんに聴いてもらいたいと思った。

歌詞の中に、
ガマの中で自決した2人を歌った部分がある。

『ウージの森で、あなたと出会い
 ウージの下で、千代にさよなら』という下りだ。

『島唄』はレとラがない音楽音階で作ったが、
この部分は本土で使われている音階に戻した。

2人は本土の犠牲になったのだから。

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『島唄』は前から知っていましたが、
歌詞の意味は今まで知りませんでした。

歌詞の意味や背景を知り、
涙が止まりませんでした。

さとうきび畑

下記に貼り付けています『Youtube動画』を
是非、聴きながら、歌詞の意味を読んでみてください。



毎年、沖縄県うるま市で、琉球民謡協会の

民謡コンクールをやっています。

琉球民謡コンクール

【青空の下で本番直前まで、練習している様子】

琉球民謡コンクール

自分は、ちょうど2年前にその場で、

『新人部門』として、民謡コンクールを受けました。

課題曲は『安波節(あはぶし)』で新人賞を獲得!!

獲得するまでは、2回、落ちました。

落ちた原因は、2回とも発音です。

自分は、耳というハンディがあります。

でも、『耳やから・・・』という言い訳をせず、

S師匠をはじめ、三線教室の仲間、Kさん・U兄弟などの

黒島の仲間、M先生などのいろんな仲間からのアドバイスと、

支えて頂いたおかげで、合格しました(#^.^#)

合格してから2年。

琉球民謡コンクール

『次のステップを挑戦しよう!!』強い気持ちで

昨日、優秀部門の下見を見に行きました。

新人部門よりも難しい曲です。

でも、頑張れば、気持ちよく歌えそうな気がしたので、

来年のコンクールに向けて、ワクワクしながら、

頑張りまーす(^o^)/






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